|
680年に天武天皇が 藤原京で創建。
平城京遷都にともなって718年に現
在地に造営した。その後、度重なる
戦火で東塔を残して焼失した
1976年以降、金堂を初めに、西塔
中門 東西回廊 大講堂 食堂などが
再建された。 |
|
|
|
|
|
730年の建立で寺創建時の唯一の
建築である。総高34.1m(相輪を含
含む)屋根は 各重に裳階をつけて
おり六重であるが、三重塔である。
全体の安定した形態や、相輪の水
煙などに比類ない造形美がある。 |
|
|
|
|
|
1528年の兵火により焼失後、1981
年に再建。 東塔とほぼ同じ形で白
鳳様式を用いている。
東塔は裳階部分が白壁だが、西塔
には連子格子を取付けた連子窓が
設けられている。 |
|
|
|
|
|
玄奘塔は、白鳳伽藍の北に 1991
年に造られた。 インドに渡り 多数
の経典を持ち帰り、法相宗の始祖
となった玄奘三蔵の遺骨を真身舎
利として安置する。須弥壇には 玄
奘三蔵が、訳経する像を 祀ってい
る。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
国宝:薬師三尊中尊
像高254.7cm 左手は与願印、右手
は施無畏印を結ぶ。 台座の上に結
跏趺坐し、法衣は偏坦右肩。 |
|
|
|
|
|
国宝:薬師三尊中尊(2)
掌には 煩悩を打ち破るという輪宝
足の裏には仏の証しである千輻輪
を刻む。 |
|
|
|
|
|
|
創建時は瑪瑙の石を敷き、黄金
の縄、蘇芳色の高欄、紫檀の内
陣、天井障子で浄瑠璃浄土を再
現。 |
|
|
|
|
|
|
1976年に再建。正面の長さ約27m
奥行約16m、高さは約20mで二重
二閣、五間四面、瓦葺。竜宮造りと
呼ばれる。 国宝薬師三尊像:薬師
如来・日光菩薩・月光菩薩を安置。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
国宝:薬師三尊・日光菩薩
像高317.3cm、 銅造、鍍金仕上
げ。両脇侍は腰のひねり方や手
の位置などが、ほぼ左右対称に
なる。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
国宝:薬師三尊・月光菩薩(2)
腰をひねって立つ姿勢と若々しい
張りのある体つきなど、日本彫刻
史上の傑作として名高い。 |
|
|
|
|
|
国宝:薬師三尊・日光菩薩(2)
上半身は裸体で、胸には瓔珞を
つける。両肩から天衣を垂らす。
|
|
|
|
|
|
国宝:薬師三尊・月光菩薩
像高315.3cm、銅造、鍍金仕上
げ。薬師如来像の右手の脇侍。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
講堂:弥勒三尊中尊
中尊の像高は約267cmの大作だ
が 制作時期、本来の安置場所等
が不明で謎の多い仏像である。 |
|
|
|
|
|
講堂:弥勒三尊中尊(2)
かつては 金堂本尊と同様に薬師
三尊と呼ばれていたが 大講堂の
再建後は、弥勒三尊と称する。 |
|
|
|
|
2003年に再建された。正面 41m、
奥行20m、高さは 約 17mあり伽藍
最大の建造物。大講堂が金堂より
り大きいのは 教学を重んじ講堂で
大勢の学僧に経典を講義したため。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
講堂:弥勒三尊・法苑林菩薩
像高288.7cm、銅造鍍金仕上げ。
出自及び制作年代に諸説があり
唐招提寺からの移座説がある、 |
|
|
|
|
|
|
|
講堂:弥勒三尊・大妙相菩薩
像高301.4cm、銅造鍍金仕上げ。
出自及び制作年代に諸説があり
植槻寺の本尊との説がある。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
講堂:仏足石
釈迦の入滅後 500年間は釈迦の
姿を形に残すことは 畏れ多く 代
りに足跡を刻み、信仰の対象とし
た。日本最古の仏足石。 |
|
|
|
|
|
講堂:仏足跡歌碑
高さは194.0cm、幅48.5cmの石板。
石碑に仏足跡を称える歌など21首
の歌を万葉仮名で刻んでいる。 |
|
|
|
|
|
講堂:十大弟子立像
2003年講堂の再建にあたり奉納
さ れた。彫刻家中村晋也の彫像
による釈迦の十大弟子像。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
721年に吉備内親王が 母である
元明天皇の冥福を願って建立。
現在の建物は1285年に再建され
た。国宝聖観音を安置している。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
国宝:聖観音立像
像高188.9cm、蝋型鋳造による銅
造、鍍金。 前時代の連続性として
裳裾の両側が大きく開く。 |
|
|
|
|
|
国宝:聖観音立像(2)
髻前面に化仏を刺していたと思わ
れる穴が あいており、この像が観
音像であることの証拠となる。 |
|
|
|
|
|
東院堂:四天王・持国天
像高は190cm程度。檜の寄木造で
彩色仕上げ。右手で武器掲げ左手
は腰に、右足で邪鬼を踏む。 |
|
|
|
|
正面が7間の入母屋造、本瓦葺。
天平の寺の床は 通常、土間であ
るが、東院堂は板敷きである。禅
宗様の桟唐戸や大仏様の木鼻な
どに 鎌倉期の仏堂の特徴を示す。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
東院堂:四天王・持国天(2)
頭を若干外側に向け、口を開く。 顔
面の眉やほおを盛り上げ、眼光鋭く
鼻は大きく、顎をがっしりとつくる。 |
|
|
|
|
|
東院堂:四天王・増長天
檜の寄木造。左手を上げ、右手は
腰に、左足を曲げて邪鬼の頭を踏
みつける。左手は戟を持つ。 |
|
|
|
|
|
東院堂:四天王・増長天(2)
鎌倉初期の東大寺大仏殿四天王
像に体勢・身色・持物などが 似て
おり大仏殿様と呼ばれる。 |
|
|
|
|
|
東院堂:四天王・広目天
檜の寄木造。口を閉じ、手足の動
きも少ない。視線はやや内側に向
けている。衣は風に大きく翻る。 |
|
|
|
|
東院堂:四天王・多聞天
檜の寄木造。 顔は眉やほおを盛
り上げ眼光鋭く鼻は大きく顎は堅
固。衣は風に大きく翻る。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
東院堂:四天王・多聞天(2)
右手に宝塔(忘失)を載せて、左手
で宝棒を持つ。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|