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国宝:天蓋
釈迦三尊の中の間、 薬師如来の東
の間 、阿弥陀三尊の西の間の三つ
の空間に それぞれに人や鳳凰が舞
う華麗な天蓋がつりさげられている。 |
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国宝:釈迦三尊
623年聖徳太子の病気平癒を願っ
て鞍作止利が造立する。 像高87.5
cmの金銅像。 |
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607年聖徳太子により創建。 金堂、五
重塔を中心とする西院伽藍と夢殿を中
心とした東院伽藍に分けられる。西院
伽藍は 現存する世界最古の木造建築
物群。境内には下記の堂宇が立ち並ぶ |
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金 堂:釈迦三尊、四天王、薬師如来
宝蔵院:百済観音、銅像釈迦如来、夢違観音
中宮寺:菩薩半跏
五重塔:塔本塑像
伝法院:阿弥陀三尊
中 門:金剛力士
夢 殿:救世観音、行信僧都、道詮僧都
西円堂:薬師如来、十二神将
上御堂:釈迦三尊
講 堂:薬師三尊
聖霊院:聖徳太子・眷属像
経 蔵:伝観勒僧正像 |
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創建時の建物は 火災で焼失7世紀
後半に再建。世界の木造建築の中
でも最古。 全体の形はほぼ正方形
に近い。二層の入母屋造りの上層の
屋根は2方向に下層の屋根は 4方
向へ勾 配している。 |
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国宝:釈迦三尊・中尊
杏仁形の目、古代の微笑、長い耳朶
に 孔を開けない、首に三道がない等
中国南北朝風が顕著である。 |
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国宝:釈迦三尊・中尊(2)
僧祇支の上に大衣を通肩に着す。
僧祇支の斜め線が胸前に紐の結
び目が腹前に見える。 |
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国宝:釈迦三尊左脇侍・薬王菩薩
像高は約 90cm、顔つきは釈迦と
類似する。大きな三山冠を被り地
面に垂れた袖が特徴。 |
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国宝:釈迦三尊右脇侍・薬上菩薩
薬王薬上菩薩を釈迦の脇侍名と
することは古代には例がなく後世
の名称との説がある。 |
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国宝:持国天
最古の四天王像、 クスノキを用いた
一木彫。光背、台座もクスノキ材製
である。 |
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国宝:持国天(2)
持国天、増長天は、三叉戟と剣を持
つ。 多聞天は宝塔を広目天は巻物
と筆を持つ。 |
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国宝:増長天
像高は約130cm、 六朝風の甲を着
ける。 天衣垂下部は広目天の右側
以外は後補 。 |
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国宝:増長天(2)
躍動感あふれる平安以降の四天
王像に比べ、飛鳥時代の像は 直
立不動の姿勢が特徴とされる。 |
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国宝:広目天
広目天と多聞天の光背裏面 の刻銘
から作者名と制作年代が判明。年代
は650年頃と推定。 |
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国宝:広目天(2)
天衣の造形が百済観音像と類似し
ており、この四天王像は 同年代に
造立されたと考えられる。 |
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国宝:多聞天
広目天と多聞天の2躯は 外向きに
安置。広目天は 西向き、多聞天は
東向き。通常の四天王は正面を向
く。 |
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国宝:多聞天(2)
邪鬼は 手かせ足かせで拘束され
ており、暴れる心配がないので四
天王も静かに直立している。 |
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国宝:薬師如来坐像
作風・技法から実際の制作は7世紀
後半に下る。像高は63.8cm。銅造、
鍍金で仕上げる。 |
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国宝:薬師如来坐像(2)
光背銘では 607年に法隆寺と薬師
如来を創建とあるが 、様式や銘文
書体から7世紀後半説が有力。 |
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国宝:毘沙門天
吉祥悔過の法要を金堂で行うため
に1078年に毘沙門天・吉祥天両像
を造立する。 |
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国宝:毘沙門天(2)
像高は123.2cm。檜材の割矧造。
布貼り、 錆下地に彩色と截金で
仕上げる。 |
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金堂:銅造阿弥陀三尊
大衣、裳懸座や光背などは飛鳥の
様式を模しているが、面相は 写実
的表現で鎌倉風である。 |
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金堂:銅造阿弥陀三尊・中尊
1097〜99年間に盗難にあった像
を鎌倉時代の1232年に運慶の四
男の康勝が再興。像高64.6cm。 |
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国宝:吉祥天
木造彩色でヒノキ材、割矧造。一木か
ら木取りし内刳を行う。 |
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国宝:吉祥天(2)
像高116.7cm。布貼り、錆下地に
彩色と截金で仕上げる。 |
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金堂:阿弥陀三尊・勢至菩薩
明治時代に不明となりギメ美術館の
収蔵庫で発見された像を近年にコピ
ーしたもの。 |
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高さ2.33m 、仏像を安置する厨子で推
古天皇の愛用品である、上部の柱や
宮殿入口部分を玉虫の羽で装飾する
が、ほとんど羽は失われている。 |
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金堂:阿弥陀三尊・観音菩薩
像高55.4cm、銅造鍍金。
オリジナルは1097〜1098年に盗難
紛失。1232年に康勝が新たに制作
したと光背の銘文から判明。 |
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国宝:百済観音(1)
かつては 金堂内、釈迦三尊像の
背後に安置。飛鳥時代前期の作
とみられる。 |
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金堂:阿弥陀三尊・観音菩薩(2)
現在は大宝蔵院に安置されている
薬師如来の脇侍とされた菩薩像を
鎌倉期に模したもの。 |
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国宝:百済観音(2)
像高 210.9cm、楠木材の一木造。
作造後に 本体を前後に割り、内
刳りを施す。 |
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百済観音堂、東宝殿、 西宝殿の3棟
からなる建物で1998年に完成。百済
観音、九面観音、玉虫厨子などの寺
宝30数点を公開している。
金堂の火災の際難をまぬがれた 20
面の飛天図の一部も公開。 |
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国宝:百済観音(3)
百済観音という名称は1917年刊の
『法隆寺大鏡』第40集が初出。 |
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宝蔵院:銅造釈迦如来、脇侍像
像高は釈迦16.7cm、脇侍13.6cm。
一光三尊像で右脇侍は忘失。 止
利仏師作の金堂 釈迦三尊像と類
似する。 |
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国宝:夢違観音
この像に祈念すると悪夢を吉夢に
変えてくれる伝承がある。 通称は
夢違観音と言われる。。 |
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国宝:夢違観音(2)
像高 86.9cmの銅造。 眉の線が鼻
梁に繋がる二重瞼などから飛鳥後
期の作像。 |
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橘夫人厨子
厨子は台脚付宣字形須弥座に、天蓋
をもつ阿弥陀三尊を安置する。全体の
さは約263cm、 蓮弁のみを樟とするほ
かはすべて桧材 。 |
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国宝:橘夫人念持仏
中央に阿弥陀如来、左側に観音菩薩
右側に勢至菩薩を配置する。阿弥陀
三尊像の衝立には供養天人像の優雅
な姿が浮彫になっている。 |
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国宝:橘夫人阿弥陀念持仏
光明皇后の母である橘夫人の念
持仏と伝えられる。 像高は34cm
金銅製浮彫。 |
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国宝:橘夫人阿弥陀念持仏(2)
頭頂の肉髻が低い、手指の間に
縵網相、頸部に三道が ないこと
が特色 。 |
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国宝:九面観音立像
中国唐時代の作品。像高は37.1cm。
白蓮材の素地仕上げ。細密な彫技。 |
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国宝:九面観音立像(2)
像容は十一面観音だが、本体の
顔と頭上の小面を合計しても9面
しかない。 |
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宝蔵院:六観音・文殊菩薩
像高は 85cm 楠材で、一木から彫
成し、内刳は行わない。 漆箔仕上
げ。 正面の三面頭飾は 半分欠損
している。 |
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宝蔵院:六観音・文殊菩薩(2)
天衣が 膝の辺りでX字状に交差
する。台座の連弁が 複弁である
等の形式が 勢至菩薩に類似。 |
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宝蔵院:六観音・勢至菩薩
像高は 86.cm、楠材で一木から彫成。
内刳は行わない。漆箔仕上げ。右手
に蓮華を入れた水瓶を持つ。 |
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宝蔵院:六観音・普賢菩薩
像高は 83.9cm、楠材で一木から彫
成し、内刳は行わない。漆箔仕上げ。
両肩に掛かる天衣は垂直に垂下す
る。 |
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宝蔵院:六観音・日光菩薩
像高は80.cm、楠材で、一木から彫
成し、内刳は行わない漆箔仕上げ。
顔は眠っているように見える。 |
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宝蔵院:六観音・勢至菩薩(2)
天衣が膝の辺りでX字状に交差する。
台座の連弁が複弁である等の形式
が文殊菩薩に近く、一具の可能性。
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宝蔵院:六観音・観音菩薩
像高は86.9cm、楠材で、一木から彫
成し、内刳は行わない。漆箔仕上げ。
左手に蓮華をもつ。 |
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宝蔵院:六観音・月光菩薩
像高は77.9cm、楠材で、一木から彫
成し、内刳は行わない。漆箔 仕上げ。
口を一文字に結ぶ。天衣は腰の高さ
でかさなる。 |
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観音菩薩(金堂薬師如来像旧脇侍)
かつて 金堂薬師如来の脇侍とされ
て置かれた菩薩像の一体。像高54
cm、金銅仏。 |
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宝蔵院:梵天
もとは食堂本尊の右に安置され
ていた。像高は110.2cm、クスノ
キ材を芯とした塑像。 |
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宝蔵院:帝釈天
もとは食堂本尊の左に安置され
ていた。像高は109.5cm、クスノ
キ材を芯とした塑像。 |
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国宝:地蔵菩薩立像
大神神社の大御輪寺に伝わった
像で神仏分離の際に法隆寺に移
された。以前は金堂に安置。 |
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国宝:地蔵菩薩立像(2)
像高173.0cm、カヤ材の一木造
本体から台座まで一材で木取り
する。内刳はない。 左手に宝珠
を載せる。 |
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聖徳太子が母后のために創建した
尼寺である。戦国時代の兵火で 建
物が焼失、 現在地にある法隆寺の
子院に避難。本堂は 1968年再建。
本尊は如意輪観音。現存では日本
最古の刺繍天寿国繍帳を所蔵 。 |
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国宝:菩薩半跏像
モナリザ、スフィンクスと並ぶ世界
三大微笑像の一つ。 和辻哲郎が
古寺巡礼で絶讃。 |
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国宝:菩薩半跏像(2)
像高132.0cm、クスノキ材を矧ぎ
合わせる寄木造。 7世紀後半の
作。 |
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木造の五重塔では、世界最古のも
の。 裳階付きで、高さは 32.55m。
初重内陣には東西南北4面に塔本
四面具と呼ばれる塑造の群像を安
置。塔の心柱を支える地下1.5mの
深さに舎利容器などを納める。 |
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国宝:塔本塑像・北面(1)
涅槃像土:中央に横たわる釈迦涅
槃像を含め計34躯の塑像を配置し
32躯が国宝。釈迦涅槃像の像長は
98cm。 |
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国宝:塔本塑像・西面
分舎利仏土:29躯と金棺1基、舎
利塔1基が国宝。 金棺26cm、舎
利塔37cm、像は17-40cm。 |
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国宝:塔本塑像・北面(2)
釈迦の死を悼む羅漢の像。「法隆寺
の泣き仏」とも呼ばれる。 像高は18
から58cm。 |
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国宝:塔本塑像・北面(3)
阿修羅像は著名な興福寺の同像
より古い作例として注目される。 |
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国宝:塔本塑像・東面
維摩詰像土:16躯が国宝。像高は
維摩像45cm、文殊52cm、その他
が 28-45cm。 |
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国宝:塔本塑像・南面
弥勒仏浄土:弥勒仏が説法する浄土
を描く。ほとんどの像が後補で、弥勒
仏椅像1躯のみが国宝。中尊の倚像
は少ない。類例は深大寺釈迦如来。 |
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750年頃に聖武天皇の橘夫人宅を
施入したものと推定。 奈良時代の
住宅遺構としても貴重。 堂内は中
の間、東の間、西の間とに 天蓋で
分けられる。それぞれに乾漆造阿
弥陀三尊像が安置される。 |
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東の間:阿弥陀三尊・中尊
像高87.7cmの木心乾漆像。転法
輪印を結び右脚を上にして坐す。 |
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天蓋で東の間、中の間、西の間に
分ける。 本尊は三間とも阿弥陀三
尊像である。 |
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伝法堂:阿弥陀三尊・中尊(2)
胸前に両手を構える転法輪印を結
び、「中の間」「西の間」の三尊像と
は逆に右脚を上にして坐す。 |
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東の間:阿弥陀三尊右脇侍
前後二材矧ぎの木心に木屎漆を
盛り上げて整形した木心乾漆像。 |
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東の間:阿弥陀三尊観音菩薩
像高は126.5cm、 冠や化仏がなく
観音菩薩とは特定はされていない。 |
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東の間:阿弥陀三尊観音菩薩(2)
両脇侍像の顔を中尊側に45度回転
させて安置すると、台座の格狭間が
正面に向くように収まる |
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中門:金剛力士立像・阿形
711年に中門安置。像高は阿形が
380cm、吽形が379cm。本来は塑
造である。 |
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中門:金剛力士立像・吽形
吽形は 16世紀に大部分が木造
に阿形は、奈良末期に大幅に造
り替えられた 。 |
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739年頃に建立の八角円堂。堂内
に聖徳太子の等身像とされる救世
観音像を安置する。鎌倉時代には
軒の出を深くし、屋根勾配をにする
などの大修理を実施。 |
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中門は、飛鳥時代の築で、入母屋
造りの二重門。桁行4間(正面の柱
の間が4つ)の珍しい形式。西院伽
藍の入口である中門から大講堂に
向けて西院伽藍を取り巻く 回廊が
伸びている。 |
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国宝:救世観音(2)
1884年に古社寺調査のフェノロサ
が数世紀ぶりに厨子を開扉し像の
姿を確認。 |
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国宝:行信僧都坐像
行信は東院伽藍の創立者である。
像高 88.5cm、麻布を漆で重ねた
脱活乾漆像。 |
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国宝:救世観音(1)
像高は179.9cm、クスノキ材の一材
から木取り。 |
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国宝:道詮僧都坐像
道詮は859年頃、当時荒廃していた
東院を再興する。像高87.3cmの塑
像。 |
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西院伽藍の西北の丘の上に建つ八
角円堂。橘夫人の発願により718年
に創建。焼失後 1250年に再建。
堂内に坐す本尊薬師如来は 奈良時
代の乾漆像。 本尊台座周囲には小
ぶりな十二神将立像が並ぶ。 |
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国宝:薬師如来坐像
像高246cm、脱活乾漆像。体躯は
やや太りぎみで、衣文は 深く表す
が、造形が単調で形式化している。 |
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国宝:薬師如来坐像(2)
千仏を表した光背は後補で1283
年の作。台座は八角の裳懸座で
大部分当初のものである。 |
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西円堂:十二神将(2)
ヒノキ材で玉眼を用いるが、子神像
と亥神像のみが一木造で他10躯は
寄木造。 |
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天武天皇の皇子である舎人親王の
発願によって建立と伝承。 989年に
倒壊し、現在の建物は 鎌倉時代に
再建されたもの。 また、秘仏だった
救世観音像(国宝・飛鳥時代) を納
めていた江戸期の厨子を保管。 |
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国宝:釈迦三尊・中尊
上御堂が 創始された10世紀前半
頃の制作。像高は230cm、サクラ
材の一木像。 |
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西円堂:十二神将
像高75.7-96.0cm。本尊薬師如来
像の台座を囲んで外向きに立つ。 |
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国宝:釈迦三尊・中尊(2)
913年作造の醍醐寺薬師堂の薬師
三尊像と様式的に共通点がある。 |
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国宝:釈迦三尊左脇侍・文殊
脇侍像の両腕と各像の台座は後補。
左脇侍の像高は154.2cm。 |
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国宝:釈迦三尊右脇侍・普賢
脇侍像の両腕と各像の台座は後補。
右脇侍の像高は150.2cm。 |
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学問の研鑽と法要を行う日本最古
の学問研究所。 990年に再建され
た。毎年4月8日には 講堂真ん中
に釈迦誕生仏がまつられて甘茶を
注ぐ仏性会を開催。 |
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国宝:薬師三尊・中尊(2)
伏目がちの表情、平行して流れる
穏やかな衣文などから、制作は堂
が再建された990年頃。 |
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国宝:薬師三尊左脇侍・日光菩薩
像高は左脇侍が172.1cm、右脇侍
は172.1cm。平安中期のやや伏目
の穏やかな表情。 |
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国宝:薬師三尊右脇侍・月光菩薩
宝冠をいただき、両腕を前方に差し
出し、両像とも中尊に近い方の手を
下げる。 |
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国宝:薬師三尊・中尊
像高247.2cm、檜材の寄せ木造、漆
箔 。平安初期風の量感豊かな像で
ある。 |
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1121年聖徳太子をまつる仏堂として
東室の南端を聖霊院に改造。 神殿
づくりの建物の中に、 黒漆で仕上げ
た大きな厨子が3つ造り付けてある。
中央の厨子に 太子、その左右の厨
子には眷属像が収められている。 |
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国宝:聖徳太子坐像
像高は 84.2cm。木造、切金、彩色
仕上げ。像内に法華経 維摩経・勝
鬘経と銅造の観音菩薩像とを納入。 |
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国宝:殖栗王(えぐりおう)
聖徳太子の異母弟。像高は53.9
cm、筥(はこ)を持つ。 |
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国宝:山背大兄王
聖徳太子の子、 像高64.0cm。
如意を持つ。 |
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国宝:恵慈法師
聖徳太子の法の師にあたる高句麗
僧。像高63.9cm、柄香炉を持つ。 |
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国宝:卒末呂王(そまろおう)
聖徳太子の異母兄弟。像高は
52.4cm、 大刀を持つ。 |
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元来、教典を安置する場所で有っ
た。 現在は百済渡来の観勒僧正
の像を安置。 |
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経蔵・聖僧坐像(伝観勒僧正)
像高90.6cm 、ヒノキ材の左右割
矧ぎで内刳をほどこす。 |
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